6回東京湾勉強会を終わって

 第6回東京湾勉強会は,2002 223日(土)に,東邦大学習志野図書館マルチメディアスタジオで行われました.参加者は47名,勉強会後の懇親会には25名程度が出席されました.

勉強会の風景
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講演

質疑応答

懇親会

講演の内容

木下今日子(東邦大学):アナジャコの巣穴形成が干潟生態系に与える影響.

 
 アナジャコは砂泥底に巣穴を掘って生息する十脚目甲殻類である.本研究では東京湾奥部の潟湖干潟に生息するアナジャコの生活史特性,巣穴の構造および本種の巣穴が干潟堆積物中の微生物群集に与える影響を調べ,干潟環境における本種の巣穴の役割について検討した.
(1) アナジャコの生活史特性
 本種は着底後2年以降から繁殖に参加し,成熟に達した雌は複数回産卵を行うことが示唆された.寿命は3年以上と推定された.
(2) アナジャコの巣穴構造
 本種の巣穴はYの字型をしており,主に干潟の表面から約50 cm以浅に形成されるU字状の部分とこれに接続する棒状の部分から構成されていた.巣穴の深さは最大で208 cmに達した.本種は加入直後から個体ごとに独立した巣穴を形成し,体サイズの成長に伴い巣穴を指数関数的に深く掘ることが明らかとなった.
(3) アナジャコの巣穴が干潟堆積物中の微生物群集に及ぼす影響
 アナジャコの巣穴壁とその周囲における全菌数,呼吸鎖電子伝達活性(Electron Transport System Activity: ETSA),有機物含量(TOCTN)と一次生産者由来の有機物量の指標としてChl.a量を調べた.巣穴壁では季節や巣穴の構造に関わらず,未撹拌の堆積物と比べて全菌数とETSAはともに高い値を示した.しかし全菌数の増減がETSAに反映されていないことから,細菌以外の微生物群集による代謝活性が大きいと考えられた.干潟表面と巣穴壁における全菌数とETSAの季節変動は異なることから,本種の巣穴は微生物群集に干潟表面とは異なる生息環境を提供することが示唆された.巣穴壁の有機物含量は干潟表面や未撹拌の堆積物と比べて23倍も高い値を示した.巣穴壁のChl.a量は干潟表面と同程度の値を示したが,干潟表面のChl.a量は短期間で大きく変動した.これに対して巣穴壁のChl.a量は年間を通じてほぼ一定であった.これらの結果から,干潟表面は撹拌による影響が大きいため有機物の蓄積が認められないが,本種の深い巣穴に有機物が流入することにより干潟堆積物中に留められ,微生物群集の餌として利用されていることが示唆された.
 本研究の結果を基に,アナジャコの巣穴が干潟堆積物中の微生物群集に及ぼす影響と有機物量の蓄積について試算した.新浜湖沿岸干潟1m2における本種の巣穴面積は平均で6.7m2と推定された.干潟表面1m2あたりの値と比較すると,巣穴壁の全菌数は1013倍,ETSA49倍,TOCTN1022倍に達した.本研究によりアナジャコが造る巨大な巣穴空間は小型底生生物に安定した生息場所を提供するとともに,干潟の物質循環に大きく貢献していることが示された.
 

桝本輝樹(東邦大学):江戸川放水路干潟のベントスと淡水放流の影響.

 
 江戸川放水路(法律上の呼称は「江戸川」)は,開削から80年あまりになる,東京湾奥部にある全長約3kmの人工放水路である.
 本研究では,江戸川放水路潮間帯の底生動物と,それらに与える青潮(低酸素水塊)や行徳可動堰からの放水による撹乱の影響を掴むことを目的とした.
 結果として,オキシジミが量的ならびに数的に優占していたほか,オオノガイ,ハナグモリガイなど,東京湾周辺の泥質の河口干潟の減少にともなって生息域を狭めている二枚貝類が豊富に生息するほか,本地を模式産地とするウミゴマツボも多数生息することががわかった.
 その反面,1980年代には調査地で普通に生息するとされていた表在生のウミニナ類(ホソウミニナ,ウミニナ,フトヘナタリ,ヘナタリ,カワアイ)が見られなくなっていた.これは,生活史や他の干潟での残存との比較から,洪水時の淡水放流による滅失によるものと示唆される.
 また,江戸川放水路の二枚貝類は,青潮の影響は受けにくいものの,淡水放流による撹乱の影響を強く受けており,他にも内在生二枚貝類の新規加入が無効になるなどの現象が見られた.今後,こうした特性を踏まえた保全策の検討が必要と思われる.
 

風呂田利夫(東邦大学):東京湾のウミニナ類個体群の最近の動向と環境保全策.

 ウミニナ類やヘナタリ類は干潟生物を代表するに極めて普通な巻貝であった。しかし東京湾をはじめとする全国の干潟で、ホソウミニナを除いて個体群の衰退と消滅が観察されており、サの実状と衰退の原因解明は干潟生物保全の観点から極めて重要な課題となっている。
 東京湾では、1950年代の湾奥の干潟が健在であったころには、ウミニナ、ホソウミニナ、イボウミニナ、ヘナタリ、フトヘナタリ、カワアイなどが豊富に見られた。その後の埋立とともにこれらの巻貝は大きく減少したものの、1980年代では埋立を免れた小櫃川河口干潟でウミニナ、ホソウミニナ、ヘナタリ、フトヘナタリが、谷津干潟でウミニナとイボウミニナが、また人工的な干潟ではあるが江戸川放水路でウミニナ、ホソウミニナ、ヘナタリ、フトヘナタリ、カワアイが残存していた。しかし、1990年代ではそれらの干潟環境に大きな変化はないにもかかわらず、ホソウミニナを除いてほとんどが大きく減少し、20世紀末には谷津干潟でウミニナ、小櫃川河口でフトヘナタリのともにわずかな数の老齢個体がみられるのみで、イボウミニナ、ヘナタリならびにカワアイは東京湾から絶滅してと考えられた。これら減少や消滅した種類はプランクトン幼生をもつ一方、増加傾向にあるホソウミニナは直達発生であることから、プランクトン幼生の東京湾での生き残り低下ならびに着底場所である干潟の減少が個体群の衰退の原因と考えられている。
 そんななか、市川市の人造潟湖である新浜湖の干潟において20個体以下ではあるが、カワアイの局所的個体群形成が発見された。カワアイは隣接する江戸川放水路ではすでに消滅したが、今回の発見はプランクトン幼生期をもつ巻貝にとって、分散着底先が各地に散在的に存在することの重要性をあらためて示すものであり、人工的な干潟環境の創出にあたっては、その空間的配置にも配慮する必要があることを示唆するものである。
 

風間真理(東京都環境局):東京湾環境保全に対する東京都の取り組み.

 東京都では,水質調査や赤潮調査を1977年から,水生生物調査を1986年から並行して実施してきた.都内湾のCODは,経年的には 1973年度が最大値となり,1980年度までは年々改善された後,ほぼ横ばい状態とされる.上層CODの平均値を比較すると,夏期6-8月は冬期12-2月の2倍以上で,夏期の二次汚濁が著しい.また,夏期に下層に貧酸素水塊が広がり生物生息に必要な2mg/lを下回っている.一方,都からのBOD排出汚濁負荷量推移をみると,1974年には330t/日あったが排水規制の強化,下水道の普及,総量規制の導入などにより減少し,1999年には69t/日と8割も減少している.しかし,二次汚濁のため水質は際立って改善されていない.
 赤潮発生状況は,調査方法が一定となった1979年度からの発生回数・発生日数の経年変化をみると,発生回数・日数とも1982年度の32回・124日が突出して多く,1989年度から1992年度は幾分減少したものの同レベルの推移で,平均年間では18回・約91日であった.赤潮プランクトン優占種に大きな変化は認められない.ただし,クロロフィル最大値と200mg/m3 を超えた調査日の変遷などから,一時のピークは越えたと見られる.
 底生生物調査は,5月と9月の年2回環境基準点の他,干潟・浅海域などで実施してきた.経年的に,内湾の地点はいずれも9月の種類数が少ない状況が続いている.湾中央部では80年代後半に比べても低迷した状況となっており,貧酸素水塊が居座りつづけている様子が伺える.一方,干潟部では,経年的には5月と9月が余り変わらない状況が続き,干潟・浅海域が生き物の生息にとって重要であることを示している.人工渚ではここ数年,9月の種類数が減少傾向にあり,注意して見守っていく必要がある. 
 魚類成魚の調査は,ビームトロールによる調査を年4回4地点で実施してきた.手法に問題はあるものの,貧酸素水塊が出現する夏秋にかけては魚類が姿を消す様子が伺えた.種類数,個体数は横ばい状況である.経年的には1983年の19種が2000年には8種に減少していた.一方,稚魚は波打ち際の小型地引網によって,干潟で毎月調査してきた.2000年度も2750種と多くの種類が採集された.干潟部で採集される魚類のほとんどは稚仔魚である.そのため,多くの魚の産卵期である春先に種類数,個体数が多くなる.干潟部が東京湾では貴重な浅海域として魚類に利用されている.また,一時期絶滅したとみられていたイシカワシラウオが,このところ数は少ないものの安定して出現している.
 東京都環境局としては前向きの取り組みとして,年間を通して底生生物が棲める,イシカワシラウオやイシガレイの棲める環境をめざしていこうと考えている.そのため今後もモニタリング計測を継続する努力を続けると共に,環境教育や広域連携に力を入れていきたいと考えている.広域連携に関しては,例えば赤潮の判定基準は各地方自治体で異なっていることなど,基本的な整備から始める必要もあろう.ただ,多量のデータと人員削減などで,データの解析が進まず,情報の読みとりがなかなか進んでいないのが現状である.
 

高田秀重(東京農工大学) :降水時に放流される下水処理場からの廃水の問題点.

 平成6年度に東京23区内は下水処理率が100%になった.しかし,雨天時には,下水処理場で処理しきれない未処理の廃水(越流水)が下水処理場や途中のポンプ所から海域に流れ込む.屎尿に関して言えば,下水処理場が完全でなかった時の方が海域に直接は流れ込むことはなかった.
 化学物質をトレーサーとして越流水を追跡すると,下水処理場の近くの海の底にはかなり生の下水が溜まっていることが判った.越流水全体では窒素やリンへの総量での寄与は大きくないかもしれない.しかし,越流水の問題は,環境ホルモンなど化学物質による汚染や,衛生面で病原菌の拡散といったことにありそうだ.
 

木全則子(東京大学海洋研究所):病原性細菌の一種Pseudomonas aeruginosa の東京湾における発見.

 近年,海洋に特定の溶存態タンパクが分布していることが発見された.そして,その一つが緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)の外膜のタンパクであることが明らかとなった.これは,細菌の菌体を構成している成分が溶存態有機物の起原となっている可能性を示す,海洋化学的な大発見であった.しかし,P.aeruginosa は日和見感染性の病原菌であ り,通常,陸性あるいは淡水性と考えられている.そのため,果たしてP.aeruginosaは海洋に存在するのかどうか,が大きな謎として浮かびあがった.
 そこで,東京湾海水中の溶存態有機物からのP.aeruginosaの外膜タンパクの検出と,東京湾海水中からの生きているP.aeruginosaの分離およびその同定を試みた.その結果,溶存態有機物からP.aeruginosaの外膜タンパクを検出し,東京湾の海水中からP.aeruginosaの分離株を得ることができた.これらの結果から,今までの常識を覆しP.aeruginosaは海洋にも存在している,そしてその細菌が死んだ後には菌体を構成している成分が溶存態有機物の起原となっている,という可能性が出てきた.
 

日向博文(国土交通省国土技術政策総合研究所):外洋海況変動の東京湾内湾への波及.

 東京湾内湾に波及する外洋海況としては,黒潮の影響が大きいと考えられる.冬季の場合,内湾と外洋の海水の密度差が小さく,暖水の浸入速度は10-15cm/secと小さい.ただし,北よりの季節風に駆動された吹送流によって,外洋水が湾奥まで波及する場合もある.また,湾口フロントの構造は内湾水,黒潮系水の密度バランスによる.一方夏季の場合,両水塊の密度差が大きいため黒潮系水の湾内への浸入速度は30cm/secまでに達する.この時,黒潮系水は等密度の水塊が存在する湾内中層に浸入し(中層貫入),上層と下層から東京湾水が外洋へ流出していく.こうした湾内への暖水波及は,筆者らが行った観測期間においは1〜2週間程度の周期で発生していた.
 相模湾に設置したHFレーダの観測結果によれば,大島西水道から黒潮系水が波及した場合,相模湾内の循環流は10日前後の周期で変動しており,相模湾への暖水浸入が強化され,湾内循環流が発達した場合にのみ,浦賀水道(東京湾口)へ暖水が浸入する.
 このような,10日前後の周期の海況変動を引き起こす要因としては,黒潮前線に形成される前線渦(あるいは暖水舌)の影響が考えられるが,現時点では詳細は不明である.
 

 講演の最後に,海上保安庁政務課の山下氏による飛び入りで講演があった.海上保安庁が中心となって東京湾蘇生プロジェクトが進行している.省庁改変で,今まで取り締まる側と取り締まられる側にあった下水道部との連携が可能になった.今後,東京湾への負荷削減などを国民にわかりやすい形で進めていく予定である.都市再生の中で環境は大きく扱われなかったが,それでも盛り込まれている点はやや前進と考え,今後事業を盛り込んでいきたい.というようなプロジェクトの紹介であった.

 今回,御講演いただいた方々,遠方より参加された方々に深く感謝いたします.
 東京湾勉強会は年末に行われるのを通例としておりました.今回は世話人一同の事情により,年が明けての開催となりました.勉強会を楽しみにしておられる方々には,大変申し訳なく存じます.今年は,第4回東京湾海洋環境シンポジウムの開催年にあたります.その開催が年末と予想されます.世話人の中には東京湾海洋環境シンポジウム実行委員として多忙となる人もいるため,本年末の勉強会は行わない予定です.来年以後も,東京湾勉強会を継続する予定ですので,今後ともよろしくお願いいたします.

世話人一同

(東京大学海洋研究所  野村英明 記)